「大迫先輩は、そのような高貴な立場の山脇先輩を利用しようとしているのです」
「どのように?」
「それは」
口ごもる。
「具体的には、わかりません。なにせ彼女はとても巧妙で。でもあの人が腹黒いのはわかります。だって、そのせいで山脇先輩はすっかりあの人に心を奪われてしまって」
両手が微かに震える。
そうだ、そうに違いない。でなければ山脇先輩があんな大迫美鶴なんて女に恋焦がれたりするワケがない。
「もう、見ていて不憫で不憫で」
「そうなのですか」
慎二はやんわりと宥める。ぎこちなさを演出しながら、そっと緩の手に右手を添えた。
緩は、身体をビクリと震わせた。だが、振り払うような事はしなかった。その行為があまりにも控えめで、驚かさないよう細心の注意が払われているのだと理解したからだ。
添えられた手は、あまり暖かいとは感じなかった。だが、その仕草が、自分の気持ちにそっと寄り添ってくれているような錯覚を造りだし、さらに心が緩む。
「だから私、本当はこんな事は言いたくはないのですけれど、それでもやっぱり、彼女があのように校内を我が物顔で歩いている姿には、納得ができないのです」
「そうだったのですか」
慎二は、少しだけ指に力を込めた。ふと、顔をあげた緩と、瞳が合った。
「あなたは、その山脇という生徒の事が、好きなのですね?」
「え?」
咄嗟に誤魔化そうとするのを、巧みに遮る。
「良いのです。恥じる事は無いのですよ」
瑠駆真に心奪われながら、その気持ちを周囲に知られる事に対しては強い抵抗を感じる人間である事など、慎二にはバレている。
典型的な唐渓生だな。
だが、そんな腹の底などは表に出すはずもなく、徹底的に紳士を演じる。美鶴も見抜く事のできなかった正体を、夢惑わされる緩になど、見抜けるはずがない。
「あなたのその恋は清らかで清純そのものだ。私にはわかる」
緩の恋を正当化する。夢見る小娘の望むものなど、他愛ない。
「あなたのその、山脇という生徒を想っての言葉を聞いていれば、私にはわかる」
「そんな」
「恥じる必要はありません。むしろ、その想いは大事にすべきだ。大切にすべきだし、あなたの想いは間違ってはいない」
二度ほど緩の手を撫でる。
「このように想われている山脇という生徒が羨ましい」
「そんな」
緩は頬を紅らめる。
「そのように恥らう姿も清楚ですね。それに引き換え、どういう事なのでしょう。大迫さんがそのような魂胆をお持ちだったとは」
「あの、私、本当に先輩である彼女を悪く言うつもりは」
「わかっていますよ。あなたは裏で人の悪口を平気で口にするような人ではない」
徹底的に彼女を正当化し、そうして、やおら居ずまいを正して、小首を傾げた。ただ、添えた掌はそのまま。
「あなたの言い分にも興味はある。なぜならば、実は私にも思い当たる節があるからなんです」
「え?」
「これは、まだ誰にも話してはいないのですが」
少しだけ身を寄せる。甘い香りが微かに漂う。
香水、かな?
だが、それが何の香りであるかを考える猶予など、緩には与えられなかった。
「私も最近、彼女の行動に不信を感じる時があるのです」
「え?」
「駅舎の管理をお願いした時には気付きませんでした。きっと私の思い過ごしなのだろうと思ってはいたので、誰にも話してはいません。私も本人の居ないところで彼女の事を悪く言うのには抵抗を感じるもので」
「わかります」
「ですが、こうなってくると、彼女には巧妙な知恵が働いていると、考えざるを得ないのかもしれません」
「いったい、何があるんですか?」
紳士的な物言いには好感を感じるが、なんとなく焦らされているようで、緩は思わず急かしそうになる。
そんなもどかしそうな表情を見せる相手に、慎二は、物憂げな表情に極上の品格を添えて口を開いた。
「私も最近、彼女から執拗なアプローチを受けているようなのです」
「え?」
思わず目を見張る。
執拗なアプローチ? それって。
「ひょっとして、彼女」
「えぇ、たぶん」
慎二は困ったように眉尻を下げた。
「私は男性として、誘われているようなのですよ」
「えぇっ!」
なんて節操無しなのっ! 瑠駆真先輩や義兄の聡を誑かしておいて、そのうえ霞流家の御曹司にまで色目を使うなんて、信じられないっ!
緩の全身は怒りでワナワナと震えだした。
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